人には、スタンダードはありません。
それぞれに、求める幸せのカタチ=QOL(生活の質)が違います。
その多様性を、互いに認め合い、一人ひとりの QOLを叶えるために、互いに支え合う。家族も、組織も。医療も、社会も。思いやりの心が、繋(つな)ぎます。

医療は、万能ではありません。
人が人に対してやれること、そのすべては、まだ解明されていないのです。
医療における無謬性(むびゅうせい※1)など、あり得ません。患者も医師も、それを認める。そこから自律と責任、そして信頼のある、新しい医療が生まれます。

医療は、病気を治すことではありません。
病気の人を、治すのが医療です。そのとき、エビデンス(根拠)はもちろん大切。でもエビデンスだけで、人は語れません。人それぞれの幸せのカタチを、エビデンスだけでは計れないのです。
大切なのは、人と人が向き合い、思いやり、語り、解り合うこと。その課程があってこそ、幸せのカタチに近づきます。

医療の筋道は、ひとつではありません。
現在、解明されているだけでも、ひとつの病気に、いくつものアプローチがあります。現時点での、すべて。それが本来、患者にとっての選択肢になるはず。
その多様な選択肢を提示し、そして、提供できるかどうか。病院の都合に合わせた医療ではありません。どれだけ患者に添った医療であるか。病院の水準とは、そこにあると思います。

医療は、医師ひとりだけではできません。
どれだけ有能であっても、ひとりではできないのです。
しかし、真に有能であれば、人を研くことができる。病院丸ごと、人を研くために存在させる。医師も、看護師も、コ・メディ カルも。
研かれた人が集まってこそ、より良い医療が提供できます。

こうした自分の思いや願いを込めて、私は「理念」を創りました。
この理念の前には、当院の誰しもが、平等です。もちろん、院長である私も。

豊かな心のふれあいのなかで、夢と希望と健康のある明日のために、より良い医療を提供することが、私たちの使命です。

※1:無謬性=理論・判断などに誤りが無いこと

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